杜(MORI)の 四季だより

杜の都、仙台に事務所を構える弁護士法人杜協同の弁護士たちが綴るリレーエッセイ

風の歌を聴け

 去年のこのコーナーで浅田次郎の短編小説「うらぼんえ」のことを書きました。私が毎年夏のお盆の頃に読むことにしている本を紹介したのです。「あの文章を読んで、早速小説を読んでみました」という人もいてくれて、とてもうれしく思いました。

 実はもう一つ、夏の終わりに決まって読みたくなる本があります。村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」です。「この話は1970年の8月8日に始まり、18日後、つまり同じ年の8月26日に終る」という文章の通り、夏とその終わりにかけての物語なのです。でも「うらぼんえ」とは違って格別ドラマチックな展開があるわけでは無く、心を揺さぶられるような感激が味わえるストーリーでもないのです。文庫の背表紙にはこんな紹介文が添えられています。

1970年夏、海辺の街に帰省した〈僕〉は、友人の〈鼠〉とビールを飲み、
介抱した泥酔の女の子と親しくなって、退屈な時を過ごす。二人それぞれの
愛の屈託をさりげなく受けとめてやるうちに、〈僕〉の夏はものうく、ほの苦
く過ぎ去っていく。青春の一片を乾いた軽快なタッチで捉えた出色のデビュ
ー作。群像新人賞受賞。

 この小説を初めて読んだのは、出版されてまもない1979年の夏でした。私もまた青春時代のさなかにいた頃ですから、ずいぶん昔のことですね。読んでみて、この本の醸し出す不思議なリリシズムと喪失感に完全に魅せられてしまいました。それ以来村上春樹の本が出版されるたびに、一目散に本屋さんに走って買いに行くようになったのです。今では自宅の書斎の本棚の2段にわたって村上春樹関係の本が約80冊余り並んでいます。

 今でも読むたびに、初めて読んだ時代の出来事や当時の気持ちが甦ります。そして基本的には、考え方や感じかたが今も当時とまるで変わっていないことに気づかされて、驚き、ちょっと困ったかなあと思い、しかしまあ、それが私なんだというように最近では開き直っています。

 今年も物語の終わりに合わせて8月26日に読んでみました。

 (弁護士 佐藤裕一)