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杜(MORI)の 四季だより

杜の都、仙台に事務所を構える弁護士法人杜協同の弁護士たちが綴るリレーエッセイ

お正月

弁護士 阿部 純二

 あけましておめでとうございます。当事務所も昨年弁護士法人となり、伊藤敬文弁護士を迎え、新たなスタートを切ることになりました。どうぞよろしくお願いします。

 昨年は、政治の激変、いったん回復した景気も下降気味、近親の間での殺人など重大な事件も相次ぎ、決していい年とはいえませんでした。今年こそいい年にしたいものです。

 仙台を住みかとして数十年、ハゼだしとお引き菜(ご存じの通り、煮た大根とにんじんを千切りにして、外に出し凍らせたもの)の仙台雑煮にも慣れ、これとナメタ鰈の煮付けを食べないとお正月の気分になりません。それにしても正月行事は廃れる一方で、門松はもちろんのこと正月飾りもしない家が多く、子供たちの羽根つきや独楽回しも姿を消して久しい。私のようなお酒の好きな人間にとって特にさびしいのは、年始の習慣が廃れたことです。あれはいいものでした。ただ、いま考えると、年始に行く人と年始を受ける人は何となく別れていたようで、ある程度身分の上下を前提にした社会習慣であったかも知れません。残っているのは、年賀状と元日参りとお年玉ぐらいでしょうか。

 年始へのノスタルジーを満たすために、明治の年始風景をのぞいてみましょう。漱石の「永日小品」のなかの「元日」という短文にあります。漱石先生がお雑煮を食べてくつろいでいると、若い人が3,4やってくる。一人が新調のフロック・コートを着て、あとは普段の和服である。そこへ黒の紋付きを着た(高浜)虚子が車(人力車)で来る。

 虚子が最近鼓を習っているというので、虚子の伴奏で漱石が謡を一曲謡うことになる。虚子は鼓を取り寄せると、カンカンの炭火で鼓の皮を猛烈にあぶる。

 さて漱石は「羽衣」の曲を謡いだすが、出だしから元気がない。やにわに虚子が大きなかけ声をかけて鼓をカンと打つ。漱石の謡はこのかけ声で2,3度波を打つ。以後カン、ヨロヨロの連続で、みんなの爆笑するうちに終わる。

 明治のお正月はおめでたかったでしょうか。皆様のご多幸をお祈りします。

 (弁護士 阿部純二)

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