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杜(MORI)の 四季だより

杜の都、仙台に事務所を構える弁護士法人杜協同の弁護士たちが綴るリレーエッセイ

村上春樹のイスラエル文学賞受賞について

弁護士 佐藤 裕一

 今年2月に作家の村上春樹がイスラエル文学賞を受賞しました。イスラエルとパレスチナの対立や戦闘状態は周知のことですので、村上春樹が本当に賞を受けるのかについて大きな関心が寄せられていました。それでも結局村上春樹は受賞を選択しました。「欠席して何も言わないよりも、ここへ来て話すことを選んだ」と述べて、授賞式に出席したのです。

 現地英字紙エルサレム・ポストによると、スピーチに立った村上春樹は、ガザ地区に対する攻撃を理由に、日本国内で受賞や式への出席辞退を求める声があったことを紹介しました。そして「イスラエルを訪れることが適当なことかどうか、一方を支持することにならないかと悩んだ」と明かしたそうです。そして考えた結果、「作家は自分の目で見ていないこと、自分の手で触れていないものは信じることができない。だからわたしは自分で見ることを選んだ。何も言わないよりも、ここへ来て話すことを選んだ」と述べたそうです。
ここには「アンダーグラウンド」や「約束された場所で」を書いた村上春樹、社会とのアタッチメントを模索した作家の立場が明確に語られていると思います。

 また続けて村上春樹は人間を壊れやすい卵、制度を壁に例え、「固い、高い壁があり、それに1個の卵がぶつかって壊れるとき、どんなに壁が正しくても、どんなに卵が間違っていても、わたしは卵の側に立つ。なぜならば、わたしたち1人1人は1個の卵であり、ひとつしか存在しない、壊れやすい殻に入った精神だからだ。わたしたちが立ち向かっているのは高い壁であり、その壁とは制度だ」と語ったそうです。

 私が村上春樹の世界に出会ったのはちょうど30年前の、「風の歌を聴け」においてです。村上春樹の、文壇はもちろん読者にも媚びることなく、無人の荒野を行くがごとくの活躍はみんなの知るところです。こんなに有名になり、偉くなった村上春樹を見ることはとてもうれしいのですが、一方では、「風の歌を聴け」や「1973年のピンボール」に描かれていた極めて繊細なリリシズムの世界が忘れられません。

 (弁護士 佐藤裕一)