杜(MORI)の 四季だより

杜の都、仙台に事務所を構える弁護士法人杜協同の弁護士たちが綴るリレーエッセイ

沖縄と地位協定の話

 多難だった2011年もようやく暮れようとしています。来年は必ず良い年であるように祈りたい気持のこの頃です。

 最近のニュースから震災関連以外で気がついたものとして、沖縄の米軍軍属が帰宅途中に交通死亡事故をおこしたが、地位協定の運用の見直しにより日本側で訴追が可能になったというのがあります(11月25日各紙)。久しぶりに地位協定(昔は行政協定といっていました)という言葉を聞いて、(不謹慎かもしれませんが)何だか懐かしい気がしてなりませんでした。

 少々おさらいをしますと、戦争に敗れた日本がサンフランシスコ平和条約により独立を回復したのが昭和27(1952)年。わが国の安全保障については、アメリカとの間で相互防衛援助協定が結ばれましたが、これが改訂されて現在の形のいわゆる安全保障条約が成立するのが昭和35(1960)年です(これをめぐって、激しい安保闘争が繰り広げられたことも一定の年齢以上の者には忘れられません)。その条約第6条に基づいて、日本国に駐留する合衆国軍隊(構成員のほか軍属、家族をふくむ)の地位について定めたのが地位協定(正式の名前は長いので省略)です。地位協定はいろいろなことを規定していますが、特に重要なのが刑事裁判権について定めた第17条です。

 第17条も複雑な内容を持っていますが、その骨子は、合衆国の法令によって裁判権が与えられている場合には、すべて合衆国が裁判権を有し、日本国の法令で罰することができるものについては、日本国が裁判権を有する。そうすると容易に裁判権の競合がおこりますが、その解決としては、

 (1) 次の罪については合衆国が第1次裁判権を有する。

   (ア) もっぱら合衆国の財産・安全のみに対する罪など

   (イ) 公務執行中の作為または不作為から生ずる罪

 (2) その他の罪については日本国が第1次裁判権を有する。

 (3) 第1次裁判権を有する国が裁判権を行使しないときは、他方の国に通告し、    

    他方の国から要請があったときは、その要請に好意的配慮を払わなければならない。

となっています。

昭和35年頃は日本全土にアメリカの基地がありましたから、この裁判権の問題は大変重要でした。私が修習生のころ、検察修習では地位協定第17条の講義があったように覚えています。

とはいえ米軍兵士の犯罪といえば、強盗や放火など日本側に第1次裁判権があることが明白なケースが多かったのですが、問題になった事件もあります。

例えば、ジラード事件は、歩哨に立っていた兵士が、基地に立ち入り薬きょう拾いをしていた婦人に対し火薬の入っていない弾丸を撃って死なせたというものでした。殺意は認められないので過失致死とされましたが、裁判権をめぐる協議でこの兵士の行為が公務中か公務外か大いに争われ、結局公務中の行為とされ日本では起訴されなかったと記憶しています。

 その後半世紀を経て本土内の基地は統合整理され、特定の地域を除くとアメリカ軍の兵士を見かけることも稀になりました。しかし今度のニュースで、基地の7割が集中するといわれる沖縄では、裁判権がまだまだホットな問題であることを改めて気づかされました。

 この事件では、帰宅途中の運転が公務であること(前記(1)(イ)参照)は日本側も争わなかったようですが、行為者が軍属であった点が問題となりました。軍属については、現在アメリカの国内法上の事情(詳細は11月25日各紙に譲る)から、日本での犯罪にはアメリカ法が適用されていない。つまり、合衆国は、軍属の犯罪に対しても第1次裁判権を行使するといいながら、実際には裁いてこなかった。こういう場合にはもう一方の国である日本が裁判権を行使できるようにする。これを前記(3)の「好意的配慮」の運用として行うというのが運用見直しの意味するところです。

 これもささやかながら沖縄の「負担軽減」の一つかもしれません。今後は地位協定自体の見直しを求めたいものです。

(弁護士 阿部 純二)

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