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杜(MORI)の 四季だより

杜の都、仙台に事務所を構える弁護士法人杜協同の弁護士たちが綴るリレーエッセイ

「まさか」の「さか」~東北薬科大学に医学部が~

 かねて東北に新設されると言われていた医学部が、東北薬科大に設置されることになったと8月29日付各紙が伝えている。
 その前日頃から東北薬科大が有力らしいとの報道が流れ、私は「まさか」と思っていた。というのは村井知事主導のもと、宮城県が県立である宮城大学に医学部を新設するとして積極的に動いていたからである。
 私だけでなく多くの人がそう考えていたと思う。
事実、当の東北薬科大の理事長でさえ、薬科大に事実上決定した後の記者会見で「県が手を上げてからは自信がなかった。私学は財源に限りがあるが、一方県はいくらでも出そうなことを言っており、比較にならないと思った」と率直に語っている。
 それが何故県ではなく一私学である薬科大に決まったのか?
 「まさか」の「さか」が起きたのである。
 しかし、冷静になって後から考えてみると「まさか」ではなく、そうなるのが寧ろ「必然」ではなかったのか、ということが良くある。
 今回の場合、県が手を挙げるのが遅すぎたということが言われているが、果たしてそれだけなのか。
 元々医師過剰ということで1979年に琉球大学に医学部が設置されてから30年以上、国(文科省)は医学部の新設を認めては来なかった。それが今回一転して東北に医学部新設を認めることになったのは、東日本大震災があったからである。特に宮城県の村井知事の国に対する熱心な働きかけがあったと言われている。
 一方、市町村から県に寄せられている陳情の半数近くが医師不足問題であり、東北と被災地、特に県北地方の医師不足の解消が村井知事の宿願だったという。そうであれば、医学部新設に手を挙げた東北福祉大、東北薬科大、郡山市の脳神経疾患研究所の三者のうち、栗原市と仙台厚生病院とタッグを組んだ福祉大有利と考えるのが自然であろう。
 しかし文科省の構想審査会への申請直前になって、福祉大・厚生病院・栗原市の三者協議が不調になったことから、急遽県が直接手を挙げ宮城大学への医学部設置構想になったわけである。
 直前になって難色を示した福祉大を非難する向きもあるようだが、私は必ずしもそうは思えない。勿論もっと早く福祉大は自己の構想をはっきりと示すべきであったと思うが、途中で東北学院大の参加問題があったりしたが、何よりも福祉大としては栗原キャンパスでは経営が困難になるということが三者協議不調の最大の理由であったと思う。2018年から急速に18才人口が減少するとされる所謂2018年問題を考えれば、福祉大の危惧も理解できないことではない。
 そして何よりも単なる全国81番目の医学部ではなく、新しい構想のもと  1番目の医学部を目指した県の構想と国の考えにギャップがあったことが最大の理由ではなかったのか。
 このことは文科省の構想審査会の座長が「地域のニーズに対応した教育を行う点などで東北薬科大の構想が最も国の医学部新設の基本方針に沿い、最も具体性がある」と述べた上「東北への医学部新設に関する基本方針は、特別な大学をつくることを目的としていない」と話していることに端的に表れている。
 何れにせよ、薬科大に医学部新設ということになった。
 しかし無条件に薬科大に決まったわけではなく、来年3月の設置認可申請までに、文科省の新医学部構想審査会は認可の条件として7項目をクリアすることを課し、これらは努力目標ではなく「着実に実施することが選定の条件であり、適切に対応したと認められるまでは国に設置認可しないように求める」としている。
 医学部新設に反対する意見は今でも有力にあり、反対とまでいかなくとも医師引き抜きを心配する声は各地にある。従って、認可7条件にある運営協議会の設置(構成団体として宮城県をはじめとする東北各県、各大学、地元医療関係者などが具体的に示されているという)一つをとってみても、実際に薬科大に医学部が設置されるまでにはこれから一山も二山もあるであろう。
 再び「まさか」の「さか」が起きないとは限らないのである。
(弁護士 阿部 長)