杜(MORI)の 四季だより

杜の都、仙台に事務所を構える弁護士法人杜協同の弁護士たちが綴るリレーエッセイ

ぐるりのこと。

 久方ぶりに映画を見に行ってきました。橋口亮輔監督の「ぐるりのこと。」、木村多江とリリー・フランキーが夫婦役で主演をした作品です。配役から想像できるように地味めの作品で、小さな映画館で上映されていました。僕はどちらかというと邦画派で、しかも大きな劇場で上映されて日本アカデミー賞などにノミネートされるようなものより、こうしたマイナー・ポエットな感じの映画が好きなのです。刑事裁判の法廷画家としてスケッチの仕事をしているひょうひょうとした感じの夫と、子どもを亡くしたことから心の均衡を崩してしまう妻。その夫婦の危機を社会的に話題となったいくつかの刑事事件の法廷風景を交えながら描き、夫婦が妻の精神的な混乱を正面から受けとめて2人の気持ちと関係が再生するまでの数年間の物語でした。

 木村多江は淋しげな感じがとても素敵な女優さんで、今回も良い味を出していました。リリー・フランキーはいまでこそベストセラーになった「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」を書いた作家として紹介されますが、元々はイラストレーター兼コラムニストです。僕の大好きだった故ナンシー関との対談集「リリー&ナンシーの小さなスナック」は今でも大切な愛読書です。リリーによるナンシー関の追悼文は、あまた公表されたものの中でも群を抜いて素晴らしく静かに心に滲みる文章でした。それを読んで僕は、名前も胡散臭く、いい加減なことばかり書いているリリーのことを信用するようになったのです。この映画でのリリーは存在感があるだけでなく、自然体な演技力で本物の俳優に成りきっていて、驚かされました。

 今でも、「ナンシーが生きていてくれれば良かったのに」と思うことが時折あります。テレビや新聞記事を見ていて、その論調に何とも言えない違和感を感じる時、ナンシーだったらこの言いようのない感じを上手く裁いて表現してくれるのにと、もどかしく思うことがしばしばなのです。世の中が何か一つの方向に向かって走り出しそうな時、ナンシーは政治だろうが芸能界だろうが社会面だろうが、ジャンルを問わずに、消しゴム版画を彫って鋭い突っ込みを入れ論評してくれました。

 ナンシー関が生きていれば今回の映画のことをどう評論してくれたのでしょうか。それを一番気にしているのはリリー・フランキーに違いありません。

 (弁護士 佐藤裕一)