杜(MORI)の 四季だより

杜の都、仙台に事務所を構える弁護士法人杜協同の弁護士たちが綴るリレーエッセイ

思い出のオリンピック

 今年はオリンピック・イヤー。皆様、オリンピックにはそれぞれの思い出がおありでしょう。私の場合は、ご多分にもれず64年(昭和39年)の東京大会です。

 この年、東京の大学に職を得て住んだのが杉並区の代田橋というところ。いろいろ切符を申しこんだが当たったのは馬術だけで、馬事公苑まで出かけたりしました。したがって、女子バレーの「東洋の魔女」金メダルも三宅のウエイトリフテイングも依田選手の100メートル・ハードルもすべてテレビでみましたが、マラソンだけは違う。アパートのすこし前を甲州街道が通っており、マラソンはここで行われたのです。ひたひたと走り抜けるアベベを円谷(つぶらや)幸吉選手が首をふりふり必死に追いかけていました。今でも胸の痛くなるような光景です。

 先日、市川昆監督の「東京オリンピック」が放映されました。カメラは見物する民衆の表情をよくとらえていますが、みな表情が明るいのには驚きます。60年(昭和35年)の安保騒動も収まり、池田首相の旗ふりのもと日本中が経済成長への道をひた走っていたその熱気のせいでしょう。新幹線も開通し、巷では植木 等の無責任節が大流行。これを無責任な政治体制への抗議などと見当はずれなことをいう評論家もいますが、私なら経済成長へと向かう日本人の野放図な活力の賛歌とみますねー。

 オリンピックも東京で幸福な時代を終わりました。次の68年のメキシコ・シテイでは、この年世界を吹き荒れた学生反乱の余波を受け開催まで一悶着ありましたし、72年のミュンヘンではとうとうイスラエル選手団がテロの標的となってしまいました。この文章が出る頃には北京オリンピックも終わっているでしょうが、大会の無事と成功をお祈りする次第です。

 (弁護士 阿部純二)